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古代メソポタミア文明と初の統一王朝アッカド帝国【大学受験解説】

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シュメール人が都市国家を築き、古代メソポタミアは繁栄をみせます

 

が、好戦的だったシュメール人の性格からわかるように絶えず戦乱の状況にあり、いよいよ紀元前2350年頃、滅んでしまいます

 

関連:古代メソポタミア文明とシュメール人の都市国家【大学受験解説】

 

アッカド人による征服

シュメール人の都市国家にガンガン攻め込んで征服したのが、アッカド人たち

 

アッカド人はセム語系の人々です

 

もっというと、セム語系のアッカド語を話す人たちです

 

☑️セム語系とは、ティグリス・ユーフラテス河あたりで活動する人の、言葉のひとつのグループのこと!

 

セム語族は、オリエント世界の中心的な役割を果たしたとされていて、あのイスラームで大帝国をつくったアラブ人も南西セム語族とされてます!

 

シュメール人の生活エリア一帯に小さな都市国家がぽつぽつと散在してましたが、このアッカド人は都市国家をまとめて、メソポタミア初の統一国家をつくりあげます!

 

*以下の地図にみられるように、ティグリス・ユーフラテス一帯が「アッカド王国」の支配領域になります

 

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出典:wiki

 

メソポタミアの支配者サルゴン1世紀

 

紀元前2300年頃、メソポタミアを統一したアッカド人の代表取締役が、このサルゴン1世!!!!

 

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 出典:wiki

 

*古代メソポタミアには絵画も写真も存在しないので、まがまがしい像だけが貴重な人物史料になります

 

大学受験ではやはり「史上初の統一国家をつくった王様は??」ときかれます

 

史上初の統一国家=サルごおおおん!!

と覚えておけば問題ありません

 

公用語のアッカド語

Close-up of Invitation Card

 

アッカド王国がメソポタミア全域をおさえて、王様が統一します。柔軟にうまく統一するには、王様が言葉をアッカドの人に伝えて、言うことを聞かせなければですね

 

アッカド人の話すセム語系のアッカド語がメソポタミアの公用語になります

 

しかーし、アッカド語は話し言葉専用だったようで、書き言葉の文字は持ってませんでした

 

そこで、ある有能なアッカド人は「あーそいえばさ、前いたシュメール人の楔形文字を使えばよくない?^^」と提案をすることで、楔形文字が使われるようになりました

 

*ちなみに紀元前1700年頃の古バビロニア時代の有名な法典「ハンムラビ法典」もこの楔形文字が使われてます!

 

シュメール人、半端ないって!後世にまで国が変わっても文字だけ残すもん。あんなんできひんやん、普通!

 

紀元前2150年頃・・・

 

大学受験の世界史ではほと〜〜〜〜んど問われませんが、このアッカド王国は紀元前2150年頃に滅亡します

 

そしてなんと、ひっそり暮らしてたシュメール人が独立を回復するのです・・・

 

ウル、ウルク、ラガシュの3つ主要な都市国家のうち、ウルを拠点に「ウル第3王朝」(ウルに都をおいた3番目の王朝)を再び築きあげます

 

 

滅亡前、アッカド王国の統治の機能が振るわなかったのでしょう。それに目をつけたウルのシュメール人軍事司令官のウル=ナンムが「わしがもう一度国作るでえええ!!!」と、勢いで作っちゃうんですから^^;

 

 

ウル第3王朝は100年ほどの存続でしたが、世界最初の法典の整備がなされ、『シュメール法典(ウル=ナンム法典)』が編纂されました

 

「あれはしていいよ!」「これはだめー!」をきちんと決めるのは組織が大きくなるにつれて必要な工程です。でないと、カオス極まりない集団になってしまいますからねー

 

世界最初!!の法典の整備という業績をみても、やっぱりシュメール人の合理性と頭のキレッキレ具合は半端ねえ!ってところを再確認できますね

 

 

その後、アムル人の侵入で再び滅亡することに・・・。アッカドの文化は後世のバビロニアやアッシリアでも残ります。しかし、本格的なペルシャ帝国の時代になると忘れ去られる運命となりました