「あの人はもともと頭いいから...」 「あの人はもともと運動神経すごいから...」
な感じで、やりもしないのに無理ゲーだな..って諦めの感情が湧いて、その感情が、行動に移せないで終わるストッパーになってませんか?
そのストッパーになる感情を排除できれば、やりたいこと・挑戦したいことに思い切り踏み切れる...もし大成したとすれば、行動起こさないなんてかなりの機会損失...
「もともとできる」「できるようになる」って一体なんなの!?って疑問を分解して、詳しく「才能」について解説してる本を発見しました
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『才能の正体』(News Picks Books)
▼内容紹介
「ビリギャル」が偏差値40アップ&難関大学合格できたのは、もともと才能があったから? ――「地アタマ信仰」をただちにヤメよう!
「自分には才能がない」は、努力をしない人の言い訳です。
すべての人に“才能の芽"はあります。その“芽"を、どうすれば見つけ、花開かせることができるか?
やるべきは、今ある状況の「認知」、目的へ向かうための「動機づけ」、そして「正しい努力」です。
自分自身も、子どもも変わります!
部下が変わり、組織がみるみるエネルギーに満ちてきます!
「ダメな人」の能力をみるみる開花させ、成功に導いてきた著者が教える。
どんな人でも“自分の才能で輝ける"ようになるための、驚異のメソッド。引用:Amazon
ポイントをまとめると...
- 挑戦する前から先天的な能力は気にしないで!
- 今の力をしっかり知ろう!
- 知った上で正しくやればイケるお!
- 著者はあのビリギャルの坪田先生!
ってところでして、そこで具体的に学び得たエッセンスを紹介します
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人は結果からしか判断しない
目に見えて考えやすいものに、人はとっつきやすいです
すごい功績を残した人(受験で成功した人、スポーツで成功した人)に対して、「結果」を先行して見てしまいがち
『ビリギャル』のさやかちゃんは、元々、地アタマが良くて、才能があったんでしょう、という言い方をされる。
さやかちゃんは、学年ビリからスタートして、慶應義塾大学に受かったが、みんな『慶應に合格した』という、結果しか見ていない。
多くの人は「結果だけ」を見て、この人は「地アタマがいい」「才能がある」と言っているのである。
引用:『才能の正体』
とあるように、多くの人は「才能」ってこうゆうもの!と認識していないにもかかわらず、結果が出てから、「あの人には才能があったよな」と追認してるだけなんですね
つまり著者の坪田さんによれば、結果が才能によって決まるのではなく、才能によって、結果が決まるわけです
動機付けで努力を重ね、才能を生み出す
結果に固執するのではなく、結果につながる努力できる才能を発芽させる意識を運ぶことが大切です
『ビリギャル』では勉強が努力の対象になってますが、努力の対象がなんであれ、その人に合った動機づけ(モチベーション)ができていれば、誰でも努力でき、才能を開花させる可能性があるのです
人間というのは「これなら自分にできそう」で、しかも「これはきっと人生の役に立つに違いない」と思えたら、行動に移す。これが「認知」である。
認知次第で、今、目の前に広がっている世界の見え方も、価値観も、がらりと変わる。
それによって、その先の歩き方や組み立て方が変わってくるので、スタート地点で「自分が、何をどう認知しているか」を冷静に正確に観察することが大切である。
引用:『才能の正体』
ここでは動機づけの方法のひとつに、心理学の『認知』が紹介されていて、目の前の課題をはっきりと認識する大切さが説かれてます
また、
「認知」に加えて、動機付けには「情動」と「欲求」も必要である。
「情動」というのは、感情が燃え上がってテンションが上がる状態。
テンションが上がらないと、何事も続かない。「欲求」は、「本当に自分がそれをやりたいと思うかどうか」である。
自分が本当に続けたいという気持ちがあるのかどうか、即ちある程度安定した心理的エネルギーとしての「欲求」があってはじめて「動機付け」になる。
と、感情的に楽しいと思えなければ努力の継続が難しいとして『情動』、本当に自分がやりたいことなのかという『欲求』も同じように心理学的な動機づけの要因です
この『認知』・『情動』・『欲求』が相まって正しい努力ができれば、みるみる才能の開花に近づきます
じぶんなりの試行錯誤でプロセスを楽しむ
とりわけ、その努力を実現するために『洞察力』が大事とされ、物事を深く鋭く観察して、そこから物事の本質や真相を見出すことがが鍵であると言うのです
特に能力をのばした結果=才能につながる人は、
- 頭のいい人(できる人)の行動を完コピする
- 他人の成功体験をあてにしないで、試行錯誤、プロセスの中で自分に合う方法を探す
といった洞察力から来る行動ができているのが特徴です
3つの心理学的な条件を支える正しい努力こそ、この瞬間ごとの変化・プロセスにつながる努力でしょう
結果ではなく、過程を楽しむ
瞬間ごとの変化・プロセスについて言及しましたが....
才能というものは、誰にでもあって、それは「正しい努力」次第で手に入るものである。
誰でも、何かを始めて、それを継続していければ、やった分だけ成長して、経験した分だけ経験値は増えて、必ず伸びていく。
能力が伸びれば、その「部分」が極立ってきて、「才能」になる可能性がある。
引用:『才能の正体』
勉強を例に出せば、ひたすら辞書を眺める勉強では正しい努力とはいえず、今の自分に合った方法を見つけ出し、参考書や問題集を自分から選ぶなどの試行錯誤が何度も強調されますね
ただ、正しい方法へ導く努力でなかった時に...
問題は、「自分にはできないと認知した段階」で丸ごと諦めてしまうことである。
「才能がある」と言われる人たちは「How型」で物事を考える。How型の人は、結果に意識がいっているのではなく、その瞬間の変化、過程を楽しむ。
一方、「Why型」の人は、なぜできなかったのか、それは自分に才能がなかったからだと、自分に限界を作ってしまう。能力を伸ばして才能を手に入れるには、「How型」で物事を考えなければならない。
引用:『才能の正体』
とあり、最終的にできる人は「どのように」を考え、最終的にできない人は「なぜ自分は...」といったように、限界を広げるか広げないか、可能性を広げるか広げないかの思考の方法に依存します
なので、試行錯誤の中で「できるようになる」感覚を楽しみ、認知と情動を高めていく、そしてさらにまた「できるようになる」という正のスパイラルを生み出せると、才能を高める好循環ができあがります
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『好きこそものの上手なれ』
このような言葉がありますが、 自分がなにか熱中できてる状態においては、正しい努力に導く3つの心理学的要素(認知・情動・欲求)がふくまれており、合理的に才能の開花の可能性が高いといえるでしょう
そして、これまでは才能の有無は結果から逆算された後付けの評価でしかなったのですが、才能とは先天的なものでは一切ありません
自分に合った正しい動機づけ(モチベーション)と正しい努力(試行錯誤のプロセス)があれば、才能を獲得できます
冒頭で書いた、
「あの人はもともと頭いいから...」 「あの人はもともと運動神経すごいから...」
のように、もともとの才能という幻を言い訳に、チャレンジを諦めてしまってるのは、ものすごくもったいないというのに気付かされます
総評として、目に見えない「才能」の正体を分析し、「才能」を獲得する道標を描いた、勇気のもらえる一冊でした