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おもろく、新しい教授法の世界史をめざします

『意識高い系』はうざいって言われるけど『努力家』との違いは?

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最近の流行りですよね、「意識高い系」や「意識高い」ということば

 

こんにちは、まこさん(@sHaRe_worlD_) です

 

会社・学校・部活・バイトのいろ〜〜んな場所で、聞いたりあるいは使ったりしてませんか?!

 

 

『意識高い系』ってそもそも?

意識高い系とは、元々はネットスラングで、インターネットで自分の経歴や人脈を過剰演出し、パッと見はスゴい人のように思えるのですが、実際の経歴や活動は大したことない人々のことを指します

出典:実は口だけ! 「意識高い系」を見分けるポイント5つ | ニコニコニュー

 

が漠然とした特徴らしいのですが、具体的に.....

 

『意識高い系』というのは数年前からネットスラングになっている言葉で、セルフブランディング、人脈作り、ソー活、自分磨きに前のめりになっている若者たちのことをいいます。


彼らはやたらと自分を大きく見せたがり、SNS上で活動をアピールするという特徴があります。

 

 

 ”意識高い”という言葉を聴くようになったのは、2、3年前くらいな気がします

 

田舎にいた頃は、そういった言葉を全く耳にしたことがなく、

上京してその言葉を耳にした私は、なんとも形容できない”違和感”を感じました

 

そこで、独自の定義付けを☟

 

努力家:自身の夢、目標にむかって地道な労力や時間を費やし、実行している人

 

意識高い人:”低い”、”普通”、”高い”と相対的に表せられることから、仮に意識低い人がいるとし、その彼ら/彼女らからみた上記の”努力家”として映る人。

 

過剰な競争意識、他人への意識がこのワードを生産してますね

  

『比べない生き方*をタイトルにした書籍が出回るのも納得です

 

むしろ、こういった関連の書籍もまた『比べる意識』を顕在化させてしまったのかもしれません

 

また、SNSでお互いがお互いで、いつでもどこでも評価し合うことができる環境が『意識高い系』を生み出したかもしれません

 

 

自分自身で、自己評価を他者評価よりも高く(いわゆる勘違い)と評価するような行為によって、『意識高い系』のレッテル”が貼られることとなる傾向にあると思います

 

自己評価と他者評価、その合致する点を模索することが、個々人に強制される時代になったのかもしれません

 

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では「意識高い」と揶揄されたらどうする?

 

「意識高い」と揶揄され、せっかくのアクションに歯止めがかかってしまってはもったいないです

 

「意識高い」と揶揄されたら以下の行動・思考をとるといいです

 

  1. 褒め言葉として受け取る
  2. 基本、相手にしない

 

 

褒め言葉として受け取る

「意識高いね〜〜」と、揶揄されたら、「いつもみてるけど、僕と違ってすごく努力家だね〜〜!!!」という褒め言葉として受け取ります^^

 

 

自己評価と他者評価が関わるので、揶揄する人の自己評価がただ低いだけで、自分は自分であたりまえのように努力をしてる姿勢を強気にみせましょう

 

 

この思考を持つことで、揶揄されても考え・行動を曲げない姿勢を保つことができます

 

 

基本、相手にしない

 

揶揄するのは、相手を引きづりおろしたいから。「人の不幸は甘い蜜」の言葉があるように、誰かにとっての不幸っておいしいんです

 

これ、つまらないですよね

 

自分の評価をあげるのではなく、相手を下げることで、相対的に」自分の評価をあげてるように見せかけるだけ。いわゆる自己承認欲求の特異なバージョンです

 

 

相手を下げて、自分の評価を保とうとする人は基本無視して、自分は自分の姿勢を貫きましょう

 

むしろ、自分を上げるために頑張ってる人だけの近くにいき、一緒に高みを目指せるといいです!

 

 結局、意識しすぎるとよくないね

「意識高い系」と呼ばれてしまうだろうという恐れのあまり、行動に制限がかかってしまうのではないかなぁと懸念します...

 

「意識高い系」の言葉の存在で、本来であれば『努力家』と呼ばれていたはずの人々がますます減ってきてしまうはず。(たかがこんなことで努力をやめてしまう人は努力と呼べないかもしれませんが笑)

  

他人が他人を蹴落とし、揶揄し合う時代ではなく、「意識高い系」を意識しなくてもよい時代が来ることを願います!

 

揶揄してるって暇な証拠なのよなあ!