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『日本の大学に入ると、なぜ人生を間違うのか』を読んでみた感想!日本の大学の形骸化?!

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大学に行く意味あるの??

ホリエモンをはじめ、職業と大学は関係なく、大学に行く事自体意味ないという主張は最近多くあります。就職のための予備校となっている現実もあるという話です。そこで、本来の大学の意義とは?!について考えさせてくれる本を発見しました。

 

 

 

 

 

日本の大学は、しばしば海外の大学と比べられますよね。

  • 入るのは難しいけれど卒業は楽チン=日本の大学
  • 入るのは楽チンだけれど卒業は難しい=海外の大学

よくあるのはこんな比較でしょうか。

入試問題から大学の提供する教育まで、全て違っていると言えそうです。

例えば、入試問題なんかは、前に記事書いたので参照してみてください

www.makoto-sencho.com

フランスの例ですが、日本のようなマーク式の試験は一切なし。

”白い大きな紙に書く”というスタイルなので、根本から大学選抜のありかたは違うと言えるでしょう。では、日本の大学教育で今抱える問題は何か?!?!それを著書は指摘しているのです。(今回の記事はすごくまじめ)

 

バカロレアの哲学の試験はおもしろいですよ〜〜

例えば、『労働からの解放は幸福を約束するものか?』

などの問題を高校生を回答するのですから。

 

そんな事はさておき、著者のあげる日本の大学の問題とはなんでしょうか?!

教職員のモチベーションが低下している

大学が次世代の人材教育に取り組むためには、指導やサポートを担う教職員が学生の模範となる「教育のプロフェッショナル」でなければならない。大事なのは、日頃、教職員が真摯に仕事に取り組んでいる姿を学生に示す事だ。

ほんとそう思うばかりなんですよね〜

大学教員は『教員免許』必要なければ、『教育指導』も受けてないですし。

自分の研究業績を残す事だったり、論文書く事に傾注してるんですよねーきっと。

あくまで僕も生徒であり生徒の目線ですが、共感する人は多いはず・・・!

 

そりゃあ、会社側も大学生に、大学で勉強した事をあてにしませんよね。

 

『学生時代1番頑張ったことはなんですか?』

ってゆう質問があります。

研究機関としての大学に在籍する大学生の”1番頑張ること”は学業以外のなんでもないはず。愚問!!もちろん、学業以外の事でがんばったことについての質問だとは思うんですが、大学生に対して大学での勉強をあてにしてないって事が見え隠れしてる気がするんですよねー

 

負のスパイラルなのか

大学職員の非常勤職が増える中で、モチベーションも下がるはず。

教員のモチベーションやプロフェッショナル意識も下がれば、生徒の勉強意欲も下がる。

生徒の勉強意欲も下がれば、社会の信頼とか大学に見出そうとする意義も低迷する。

こんなネガティブレースが繰り広げられてる気がしますよね

大学で学ぶ最大の目的とは・・・?

多くの高校生・受験生は、何を目標に大学に行くのか漠然してる傾向に。

自分も、『とりあえず』大学進学してました。(この”とりあえず”は重いですよ〜)

『とりあえず』大学に入ってみて、『あっこれ違う』感に直面して、退学してしまう大学生も多くいます。それか、『とりあえず』続けたものの、人生に悩み、人生の方向も定まらず、『とりあえず』就職する人もまた多い・・・

 

大学に何をしてくれるか求めるのではなく、

大学で自分が何をできるか、どれだけ能動的に行動できるかが大切。

 

(授業とかまったくでなくても単位くれたり、カレーのレシピ書いてレポートの単位をくれたりする実態は、大学教育システムも崩壊だという事に気づきましょう。)

 

この本では、大学に入る最大の目的を・・・

「一生涯学び続ける能力を身につけること」 

としています!

 

20世紀は、仕事を得るために大卒が必要で大切でした。大学教育もその学位を修得するために存在していました。しかも、どの大学を卒業したかが採用を勝ち取る上で大きな意味をなしてました。

 

し・か・し

21世紀は一度取った学位は実社会への最初の入り口でのみ有効であり、次のステージを目指すためには新たに別の学位が求められる。だからこそ、一生涯学び続ける能力を身につける事が、大学で学ぶ最大の目的になる。 

 

一生涯学び続ける能力とは、自立して生きることのできる力でしょう。

終身雇用と年功序列の完全崩壊も背景にあることでしょう。

ず〜〜〜〜っと会社に面倒をみてもらう時代は終了し、

自らが行動を起こして、自らが何かを生産できるかの時代になるでしょうし。

だからこそ、常にアンテナを張り巡らせる力を醸成させるために『学び続ける能力』を養う場としての大学の意義があるのでしょう


ひろゆき 遊ぶだけの大学意味ない

 

大学で勉強する内容には深い意味はなく、学ぶことへの姿勢を継続できるか。

今の大学の存在意義の形骸化が、このような著書の結論い至ったのかもしれませんね。