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荒れ狂う人の一生!!

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北朝鮮のICBM発射と原始人の投石にみる、”脅威の投げつけ”の変わらなさ。

 

”脅威の投げつけ。”

 

それは、僕たち、”ヒト”の太古の昔から変わらない攻撃のアクションである。

 

ある昔の人は、となり部族の領地に、巨大な石や槍を投げつけようとした。

 

ある現代の人は、となり国家に、巨大な爆発のタネを投げつけようとした。

 

何千年もの時間が経過し、脅威のかたちの精度や技術はパワーアップし、

それに伴って、多くの”ヒト”が怪我を負い、命を落とし、その領地は荒らされ、

 

多大なる苦しみや涙、負の教訓を生み出したけれども、

 

ヒトの”脅威の投げつけ”の繰り返しの歴史は変わらない。

 

 

”脅威の投げつけ”により、悲惨な姿が目に見えているのにもかかわらず、

 

悲惨な歴史から学びをえて、それを反映させていかねばならないと唱える人も多くいるのにも関わらず、

 

 

なぜ、”ヒト”は”脅威の投げつけ”をやめることができないアニマルであるのか。

 

”ヒト”が”脅威の投げつけ”を行うのは以下のシチュエーションであろう。

 

 

・自分のエリアで確保可能な食べ物や富がなくなり、となりのヒトからの略奪手段のひとつの”投げつけ”。

 

 

となりのヒトからの略奪手段のひとつの”投げつけ”に対しての反撃の”投げつけ”。

 

 

▶︎結局、富(お金、食べ物、ヒト、領地など)の拡大手段のひとつと、

 その防衛の手段で、”脅威の投げつけ”がなされる。

 

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さて、そのヒトの攻撃性のかたちは、石からミサイルへと変われど、

なぜ、いったい、その”脅威の投げつけ”を止められないのか。

 

僕の脳内思考の切り口から。

 

それは、100年周期で全地球の”ヒト”が入れ替わるからである。

 

アニマルとしてのヒトには寿命がある。

100年周期で、今を生きているヒトは入れ替わる。

100年前に生命を置いていたものは、地球単位で100年後には存在しなくなる。

 

そうなると、どうなるか。


”脅威の投げつけ”をした、あるいは、された”実体験”・”生体験”のあるヒトが地球上にいなくなることを意味する。

 

映像や文書などの歴史史料、また口述による悲惨な歴史の伝導などを考慮に入れても、

”実体験”・”生体験”で浴びるリアリティや感情の生まれには及ばない。

 

投石は繰り返され、ヒトは入れ替わり、

砲弾が繰り返され、ヒトは入れ替わり、

爆撃が繰り返され、ヒトは入れ替わり、

 

 

どれだけの悲惨な過去を伝えるもの、やめようと言うものが現れようとも、

そんな避けられない無限ループを、欲望のままにヒトは繰り返す。

 

 

とにかく、僕は、非常に恐れている。

 

人類の消滅と、地球の消滅。そして丸ごとの生命体の入れ替わり。

そんなルートの最中であるように思えてならないからだ。

 

 

参考web..............................

news.yahoo.co.jp

www.huffingtonpost.jp

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