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【はじめての書評続編】 『イライラしない本 ネガティブ感情の整理法』斉藤孝著 にトライしてみました。

おはようございます!最近、いつ寝る、いつ起きるかイレギュラーすぎて、いらいらです!笑 皆さん、連休たのしんでいらっしゃいますか?! 書評の続きまいります!

makoto-endo.hatenablog.com

 

前回の書評内容は、現代特有の”SNS疲れ”を中心に、書かせてもらいましたが、続編では、本書で書かれている”人間関係”についてフォーカスしてゆきますっ!

 

まず、心の浄化(カタルシス)を図るために、斎藤先生はこの3つを具体的に実践なさっているそうです。

 

➀愚痴る

「ネガティブ感情をメンタルに影響を及ぼす毒素と考えれば、愚痴は心のデトックスともいえます」とおっしゃられるように、無意識にイライラしている根源を整理し、口にすることで、毒素が吐き出されるだそうですね!たしかに、何か嫌なことがあった時に、気が置けない友達と愚痴り合うことで、スーッするものです。斎藤先生も自分と変わらない人間でよかったです!笑

 

②歌う

「心に抱えたネガティブ感情を、感情移入と自己表現という手段で解放できる快感」を得られる場所として、カラオケをかなりゴリ推しされています!歌うの語源は”訴う”だそうで、自分の気持ち、うっぷんを歌詞という言葉にして訴えること、つまり、カラオケでマイクを用い、感情を込めて訴えることで、イライラが吹き飛ぶのだそうです!(自分は下手ですので笑、むしろイライラします笑)

 

③芸術に触れる

例えば、”悲劇”を観るなり、読むなりして、相対的に、”自分の方がまし”であると思い込むのだそうです。「他人の不幸や困難を利用して、自分のネガティブ感情を浄化する。」つまり、「他人の不幸は蜜の味」といった表現を用い、人間誰しもがそういった思いはあるのだそうです。歴史的に、”悲劇”がつくりだされたのも、こういった心の浄化が目的とされていたみたいですね。また、太陽、空、海、など、”永遠性”を感じさせてくれるものをじーっと眺めることで、一喜一憂している自分を我に帰らせるといった方法も述べられてました!

自分も、よく近くの河川敷でぼけーーっとしながら珈琲を飲みます。これです!

 

 

これらが斎藤先生があげていた主要なカタルシス方法ですっ!

また、雑用、雑事に没頭する、深呼吸する、好きな曲をリピートして聴く、ルーティーン、リピート(毎週日曜日はちびまるこちゃん、サザエさんをみるなど)を大切にすることなどを挙げられていました!

 

 

最後に、人間関係からのイライラについて述べられていました。

個人的にもっともおもしろく共感できた考え

それは”淡交”のススメ、です!

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私生活では絶対に見聞きすることのない言葉ですよね・・・・!

それは、中国の大思想家、荘子による言葉です。

 

「君子の交わりは、淡きこと水の如し」

「小人の交わりは、甘きこと醴(甘酒)の如し」

 

つまり、人間関係において、深入りせず、ベタベタせず、あっさりとした淡い交わりを”淡交”呼び、遥か昔の時代から理想とされていたのです。

 

「ここで重要なのは、交わりが淡い=相手への感心が低い、=浅い付き合いというわけではないことです。」とあるように、

 

むしろ、関係が深いからこそ、相手の心の裏側までズカズカと立ち入りせず、あれこれと詮索はしないような、互いの感情に負担をかけない関係を理想としています。

 

 

また、「淡交の極意とは、来るものは拒まず、来るものは追わず」との心境であると斎藤先生は語り、「来る自由と去る自由」どちらの自由も尊重するに値する意味です。

 

ここで、私は、相手との関係に”過度な執着と依存”をしないのが、現代に当てはめられる淡交であると思います。

 

SNSの発達のおかげで、いつでもどこでも人と繋がれるのは周知の事実です。

 

LINEの既読スルー、未読スルーへの執着であったり、早急の連絡を強要するような恋人のプライベートをなくしてしまう過度な依存であったり、いざこざをもたらしてしまう過度に執着しがちな関係から、現代には、荘子の”淡交”から学べることが多くあると思います。かなり本書に共感しました。

 

 

常にネット経由で誰かに監視されている感、SNS上の誰かの行動、言動に反応すべき義務感、すぐに連絡しなければ相手に申し訳ない感、好きな人が今何をしているのかをすぐに知りたい感、そういった相手に感じるめんどくさい感。

 

 

近すぎず遠すぎず、付きすぎず離れすぎず。

そんな淡交に遥か昔から通ずる真髄があるはずです。

 

もちろん、人と知り合い、気が合うことに互いが気付き、やがて友達、そして親友。

本音をぶつけ合ったり、大喧嘩したり、また仲直りしたり人間関係は流動的なものであると思います。

 

互いの距離が縮まってゆくにつれて本音と本音でぶつかりあうことは人間関係の構築上大切であるとおもいますが、”執着”と”依存”からの脱出の観点から、本書での”淡交”は現代社会に新たな気付きをもたらしてくれるのだなと共感を得ることができた、良い本でした。んーでもムズカシイ!!(*゚▽゚*)

 

では、さよーならっ!

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