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荒れ狂う人の一生!!

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人間関係学-メリークリスマスと寛容の精神より-

こんにちは!メリークリスマス・イブですね!

冬のイベントラッシュ、年越しシーズンがとうとう到来しました!

皆さんそれぞれにやること、やるべきこと、やりたいこと、やりたくないこと等々たくさんあると思いますが、楽しんで笑顔で2015年幕を閉じてやりましょう!!

 

 

 

残り日数わずかの2015年の間は、幅広く人間的に学び得たことを”学”として、手短に要点をとらえることに留意しつつ、みなさんと共有できたらよいなと思います!!ヽ(´▽`)ノ

 

 

手短な学び得たことシリーズ参りましょう!!

 

私にとって、2015年は個人的に怒涛の年であったのではないかと思います。

就職活動か大学院進学かを長い間迷いに迷いに迷いに迷っていましたが、進学をする決意をした年、入試をなんとか突破できた年、また学部生としての自分も卒業する年であり、研究者としての第一歩を踏み出せた年であり、一連の”達成”を遂げた年であるのではないかなと自分なりに誇りに思っています(もちろん、これからですが!)

 

 

 

”大学院進学”を決意したというそもそもの理由なのですが、不器用ながらストレートに伝えることが苦手な性格なゆえ、一言で収拾つかなくなりそうです(;▽;)

 

以下の内容は以前の記事の引用と、少し改訂させていただいた内容ですが、

短時間でまずは、少しサーーーーっとチラ見してもらえれば幸いですヽ(;▽;)!!

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私は本大学の東洋史学専攻において中東、イスラームについての都市史、交流史などの歴史からイスラーム原理主義者らなどに起因する現代諸問題を専門の学問として励んでいる所存です。

そこで、私の関心は、現代ヨーロッパ諸国におけるホスト国民らとイスラーム教徒移民らとの間に生じうる(現に生じている議論ももちろん)文化的、政治的、宗教的軋轢の問題であり、その問題にまつわるあらゆる知見を深めつつ、将来に渡る日本社会の移民問題が議論の俎上にあげられる際に、教訓や示唆を大いに得られるのではないかとの期待と責任を持ちあわせながら研究活動を行っています。

もちろん、シリア、イラクアフガニスタンから戦乱を免れ難民としてトルコ、ギリシャを経由し、東ヨーロッパさらにはドイツ、イギリスなどへ多数の中東地域の方々が渡っているニュースは近頃メディアの注目となっていますが、最近になって”移動”がはじまったという事実ではないのです。

世界大戦後に欧州諸国の労働力としてや、出稼ぎや、旧植民地関連などの事情により多くのイスラーム教徒移民らはすでに渡り、生活しているのも歴史的事実です。

 

”異文化共生”や”多文化主義”など一口に収まる議論ではありませんが、

何か微力ながらでも、文化、宗教、言語、肌の色、価値観が異なる人々の間の

平和的共生に将来的に貢献することができたらなというのが切なる私の願いです。

  

そこで、私が卒業論文において執筆中であ題目は

 

”フランスにおける内なるイスラーム ーライシテ概念の変遷と移民ムスリム

-”

という仮の題目として設置させていただいており

 

 

フランス共和国は歴史を通して、強圧的なカトリックの宗教勢力からの解放を謳い、

それを志してきた主にプロテスタント(当初は少数派)らによって、フランス共和国精神の基盤となる”ライシテ(laicité)”原理というものを培ってきました。

 

このライシテというのはその複雑性や柔軟性も考慮すると

日本語訳として適正な言葉を当てはめるのは困難ではあるのですが、

一般的には”脱宗教”、”非宗教”や”世俗主義”と言われております。

 

”かつてのマイノリティ(少数派)としての脱宗教化へむかおうとする弱者の論理で謳われた”ライシテ”の力学は、現代フランスにおいては少数派としてのイスラーム教徒移民に対し、強者の論理へと変貌し、共和国憲法遵守の立前と異質性排除の本音をフランス社会に垣間見られるのではないか”というまだまだ仮説ではありますが、この疑問点、問題意識を立証してゆこうとするものが、卒業論文にはなってゆく予定です。(やはり学部生が書く学士論文として”若い”形となりそうですね笑)

 

もちろん、この”ライシテとイスラーム”を二項対立形式として安直に考えるのへ避けるべきとして様々な研究者の間でも指摘されています(そもそもイスラーム共生を可能にする前提としての宗教だなど)し、また逆に近年のフランスにおけるスカーフ問題やシャルリー・エブドー襲撃事件などに見られるように、イスラームとの共生の在り方を改めて考えるべき素地はあると論じる研究者の方々ももちろんいらっしゃいます。

 

こういった論文題目の設定にいたる経緯というのも、今現在もシリア、イラクアフガニスタンより戦乱を逃れた難民らが欧州諸国へ押し寄せ、特にEU諸国を筆頭とし、如何に受け入れ、包括してゆくべきかに論点が当てられ、議論の激化の一途を辿る状況に国際社会はあり、長期的な視野と具体的な事例をもって(西欧で一番世俗性の強い国家フランスにおける)ライシテとイスラームの関係を考えることで、これら移民、難民問題等の世界情勢を広く考える際の理解の手助けとなりうるであろうことと、

 

また、同時にイスラーム過激派によるテロリズム、中東情勢の不安定化に起因するイスラーム教徒に対する嫌悪感上の蔓延、また、加速度的に進む国際人口移動に伴う世界規模でのイスラーム教徒人口増加などの背景により、ホスト国国民またはイスラーム教徒移民らとの政治、文化、宗教的な相互理解のもとの共生の在り方について考える契機を改めて、得られるであろうとしたのがこういった題目を元に論文を書き始めようとした

大きな経緯であり理由になります。

  

みなさんも十二分にご存知ではあるとは思います。

今後の少子高齢化にともなう労働力確保のため日本社会も移民受け入れについて

議論が活性化される一途をたどるばかりであろうと考えられますし、

しかしこういったエリアを過去や現在、未来に渡る情勢分析、分野横断的に比較し、示唆を得、教訓を示し、政策を提言してゆくのは、いわゆる知識人の方たちのなしうる業であると信じ。 

まだまだひよっこにも至らない私は、

こういった背景としての素養を備えておくことこそ、ひとりの日本人として

大切な知的作業の訓練とばかり言えるでしょうか。”大切な行い”であるだろうと考えます。

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サーーーっと流してもらえましたでしょうか?!

この”修行”を、大学院で真摯に自己と向き合い励んでゆきたいなという決意であり、2015年から近未来の大学院生である自分への抱負であります!!

 

 

ここで、幅広く研究活動を通して人間的に学び得たことは”寛容”であることの大切さです。

(研究を通してという、直接的な繋がりがあるかどうかはいささか自分でも揺らいでいますが(´・ω・`))

 

どこかしら共感を覚えた友人の言葉があります。

「世界も世界で、どういった背景、どういった理由、どういった因果関係、何に悩んで、何に苦しんで、何にやり場のない怒りを覚えて、テロリストとなったかを勉強したほうがいいんじゃないのかな、勉強して知る分には良いと思う。別にテロリストを擁護するわけでないし、肯定するわけじゃないけど、それこそ未来のためだとおもう。」

 

 

という言葉だったと思います。”寛容”という意味に合致するかはわかりませんが、自分自身も普段の生活の中でもこういった考えを念頭に置き”相手を解る人”に近づけたら良いなあと思った2015年の一時でありました!

 

クリスマスムードにこういったシリアスな話題を持ち出したくはなかったのですが、ハッとさせられた言葉だったと、皆さんにも伝えさせてください。

 

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それでは、ス!

ありがとうございました!!

 

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